ちょっと気になる開湯伝説

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温泉地を訪れると、温泉の歴史や由来が書かれてます。開湯伝説は興味深く神秘的です。古来より温泉には、不思議な力が宿るとして崇められてきたのでしょう。

山中温泉はいまから千三百年ほど前僧行基が北陸行脚の際発見しその後一時兵乱のため荒廃していましたが文治年間長谷部信連がこの地に鷹狩りの際一羽の白鷺が芦の間の流れに傷脚を洗うのを見て霊泉の湧出するを知りここに浴槽を設けて以来八百年の歳月を経て次第に繁栄を見るようになり日本三名湯の一つにもかぞえられ特に元禄二年俳聖芭蕉をはじめ多くの文人墨客が訪れ山中の名は年と共に著われ殊に昭和六年大火の後は湯の街の面目を一新し今に見る情緒豊かな温泉観光地が形成されたのであります。(菊の湯前の石碑碑文)

大国主命(おおくにぬしのみこと)と少彦名命(すくなびこなのみこと)が訪れて病気を治したと神話に残る温泉。行基や弘法大師(空海)などの高僧が見つけたとされる温泉、夢枕や神様のお告げで発見したとされる温泉、鷺や鹿、熊といった動物が見つけたという温泉など多種多様の開湯伝説があります。

鶴が見つけた「鶴の湯」、熊が見つけた「熊の湯」、鹿が見つけた「鹿の湯」といった温泉は、動物が見つけた温泉です。動物の名前がついた温泉名は結構ありますが、実際は動物が温泉で傷を癒やしているのを猟師や村人が見つけ「これは身体に良さそうだ」と温泉に入ったのでしょう。

長野県の「地獄谷野猿公苑」は、野生のニホンザルが温泉を楽しむ姿を見られることで知られています。

「日本三古湯」のひとつ、日本最古の湯と言われる愛媛県・道後温泉には、「足に傷を負って苦しんでいた一羽の白鷺が、岩間から噴出する温泉を見つけた」という白鷺伝説が残っています。

奈良時代の高僧・行基が発見したと言われる石川県・山中温泉は、高僧と白鷺と薬師如来の合体。平安末期に「一羽の白鷺が痛めた足を癒やしているその場所を掘ると、5寸ばかりの薬師如来像が現れ、温泉が湧きだした」という開湯伝説があります。

戦後60年以上にわたって温泉分析や管理などに携わってきた中央温泉研究所の専務理事・甘露寺泰雄氏は、以前講演の中で「温泉は動物の餌場だったのではないか」との説をお話しされていました。

塩分やミネラル分などの成分が含まれる温泉に虫や小動物が集まり、それを捕食する動物が温泉の周りに集まってきたのではないか、というわけです。温泉の神秘性は薄れますが、至極もっともな話です。

温泉地には、天皇が湯治に訪れたとか権力者が献上湯を運ばせた話などが残っています。仙台の奥座敷、秋保温泉は今から1500年ほど前に、欽明天皇が天然痘を患い、都まで運ばせた秋保の湯で湯浴みしたところ治ったことから「名取の御湯(みゆ)」と呼ばれたそうです。

戦国時代には傷ついた兵士たちの治療に温泉が重宝され、「武田信玄の隠し湯」や「上杉謙信の隠し湯」といった呼び名がいまも残っています。

有馬温泉には豊臣秀吉が何度も訪れたと言われています。熱海温泉では徳川家康が湯治したと言われます。

草津温泉には8代将軍吉宗が汲み上げた「御汲上の湯」の湯枠が湯畑に今でも残っています。

徳川幕府の統制下、全国の藩の大名や家臣が通った湯治場もあります。津山藩主が鍵をかけて入った温泉は奥津温泉(岡山)に「鍵湯」として残っています。

秋田藩主の湯治場だった乳頭温泉郷・鶴の湯温泉(秋田)では警護の武士が詰めた茅葺屋根の長屋「本陣」が今も残っています。

開湯伝説も、最近だと「石油を掘っていて温泉が湧きだした」といった温泉地も数多くあります。

 

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