山中温泉(石川県)

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神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、打ち身、慢性消化器病、痔病、冷え性、病後回復・疲労回復・健康増進、動脈硬化症、切り傷、やけど、慢性皮膚病、運動麻痺

<所在地>石川県加賀市
<交通>加賀温泉駅より加賀温泉バスで30分
<泉質>カルシウム・ナトリウム一硫酸塩泉

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山中温泉街は山に囲まれた街であり、また至近の自然豊かな山、谷、川など山間部の田舎の情緒も味わえる温泉地です。温泉街は大聖寺川の渓谷沿いなどに旅館が並んでます。

文字通り「山の中」にあり、一帯は鶴仙渓という景勝地でもあります。街のシンボルであるこおろぎ橋や草月流家元がデザインしたユニークな形のあやとり橋もあり、日帰り入浴施設も数多くあります。

共同浴場は総湯の「菊の湯」があり、菊の湯の下には源泉があります。菊の湯(男子用)の大きな湯船の壁には大きく山中温泉縁起絵巻の一部を九谷焼タイルで模写され一見の価値があります。

菊の湯の菊は奥の細道の句に因んだと言われてます。施設が2005年(平成17年)3月から道の駅として登録されました。こおろぎ橋から国道364号約1km大聖寺川上流に位置してます。

栢野大杉や丸岡・山中温泉トンネルを経て福井県坂井市や永平寺方面からもアクセス可能です。福井県からの利用も多く、24時間利用可能なトイレや駐車場だけでなく、100%温泉の保養施設ゆーゆー館、露天風呂、短水路温泉プール、うたせ湯、サウナ、家族風呂、テニスコート、ゲートボールコート、フィットネスジムなど、多彩な施設を備えています。

山中温泉の歴史は古く、今から1300年前に奈良時代の高僧・行基が発見したと言う開湯伝説があります。行基は丸太に薬師仏を刻んで祠を造り、温泉のお守りとしました。多くの人が山中を訪ね、その湯で病と疲れを癒したと云われています。

平安末期の治承の頃。能登の地頭・長谷部信連は一羽の白鷺が傷めた足を山陰の小さな流れで癒しているのを見つけました。その場所を掘ると5寸ばかりの薬師如来像が現れ、美しい温泉が湧き出したと伝えられてます。

信連はここに12件の湯宿を開き、それが山中温泉旅館の始まりと語り継がれています。元禄の頃。俳聖・松尾芭蕉が弟子の曾良を伴って日本各地を旅した奥の細道の途中、元禄2年7月27日に山中温泉を訪れています。

芭蕉は山中の湯を、有馬・草津と並ぶ「扶桑の三名湯」と讃え、「山中や 菊は手折らじ 湯の匂ひ」の句を読みました。9日間も山中に逗留した芭蕉は、薬師堂を詣で、温泉につかり、風光明媚な景色を心から楽しんだと言われています。

以来300年余の時が流れた今もなお、ここ山中の地にはこんこんと湧く出湯と豊かな自然、日本の美と心が受け継がれています。「古九谷」は17世紀以降に焼かれた色絵磁器で日本の価値ある磁器の一つです。

その発祥はおよそ300年前、大聖寺初代藩主前田利治が家臣の後藤才次郎と田村権左衛門に山中温泉上流の九谷村に窯を築かせたことに始まると伝えられ、世界的に高く評価される名陶の数々を生みだしました。

古九谷はわずか50年余りで歴史の表舞台から忽然と姿を消してしまいます。その理由には諸説があるものの、未だに解明はされていません。奥山中に古九谷窯跡があり、現在も発掘作業が行われています。

緑豊かな山々に抱かれ、渓流の流れに寄り添うようにある山中のまち。美しい渓谷の風景の中をそぞろ歩くのも山中温泉の楽しみ方のひとつです。

山中を流れる大聖寺川沿い、黒谷橋からあやとりはしを経てこおろぎ橋までは鶴仙渓遊歩道が整備され、四季折々の彩りを見せる山中の自然を存分に楽しむことができます。

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